今生かしてほしい日本の色を新しいファッションに

都をどり
都をどり

最近、「古布」でできた着物や小物からアロハシャツまで、若者の間で特に人気があるようだ。これは、昔の柄が今の柄と違うから若者に人気がある、というような単純な理由だけではなく、色の違いが大いに関係しているように思えてならない。つまり、昭和初期以前には当たり前だった着物の色が、現在までの間にすっかり消え失せ、若者たちの目に触れることが無くなってしまった。逆にこのことが、今の若者にとっては、これらの色がかえって斬新に見え、魅力になっているのだろうと思う。

ところで、どこかの家電メーカーの、テレビのコマーシャル・メッセージで、「日本の色」という言葉を聞いたことがあるが、確かに「日本の色」と言える色は存在するように思える。京都の『都踊り』に行くと、最近の着物にはほとんど見られなくなった舞妓さんや芸子さんの鮮やかな衣装の色にははっとさせられるし、われわれのような年代の人間には古い時代へのノスタルジーを覚える。

さらに、古来より日本人が色に対してどれだけ繊細で豊かな感性を持ち合わせていたかは、数え切れないほどの色につけられた名前が、それを証明している。
例えば、藤色、苔色などの植物から取られた名前があり、瑠璃色、砂色などは鉱物、飴色は食物、朱鷺色、海老茶などの生き物から来ている名前もある。その他挙げればきりが無い。さらに、一つの色にも明るさや、ちょっとした色味の違いによって、実に多くの種類がある。例えば、青系の色を例にとると、浅葱色、藍色、その中間で花田色、少し薄い色で、新橋色などという粋な名前も出てくるし、文学的な香りのする想思鼠など、まだまだ続く・・・・。それにしても、微妙な違いでしかない色に、よくもこれだけ沢山の名前を付けたものだと驚く。

このように、日本人は古来色に対して豊かな感性をもっていた。しかし、現代に生きる我々は、果たしてどうだろうか?


最近日本人の、特に女性の衣服の色がつまらないと思う。ユニクロにでも入ると、ほとんど色の無いファッション空間と言う感じがする。
今年の冬、関東へ出張した折、小田急線のどこかの駅で不思議な感覚にとらわれた。反対側のプラットフォームで電車を待つ大勢の人々を見たとき、なんと色物の衣服を着ている人が全くいないことに気がついた。何百人の人がいても、ほとんど黒かグレーかカーキ色、時々白も見えるが、色物を着ている人は、皆無だった。夕方で薄暗かったせいもあるが、まるでモノクロの夢を見ているような不気味で異様な光景だった。
冬だって、もっとカラフルでいいのではないだろうか。北国フィンランドにポッパナ織りという手織りの綿織物がある。弊店も取り扱っているが、とてもカラフルで楽しい色の物が多い。

せっかく「古布」により日本の色に目覚めた若者たちが、これを機会に、さらに日本の色について興味を持ち、ファッションリーダーとして、着物はもちろん、もっともっと自分たちの着る洋服にも、日本の色を取り入れてほしいものだと思う。