爆弾三勇士

過日、「ひとり言」の2005年1月18日に書いた”戦時色”を読まれた方からお電話をいただいた。

 

それは、この中で紹介している男物の長襦袢の柄が、実は、”爆弾三勇士”をテーマに染められた品物で、この方はこの長襦袢に以前から興味を持っておられ、実際に現物を見てみたいというものであった。そして、わざわざご遠方からこの長襦袢だけを見に来られるという。

 

私は、この長襦袢がただ単に戦争の柄の珍しい長襦袢だとしか思っていなかっただけに、驚いてしまった。そこで、お見えになった折には、この長襦袢をお持ちのお得意様へこの方をお連れするよう手配させていただいた。

 


ところで、今回初めて知ったのだが、この"爆弾三勇士"とは、「上海事変中の1932年(昭和7年)2月22日、蔡廷楷率いる19路軍が上海郊外の廟行鎮に築いた陣地の鉄条網に対して、突撃路を築くため、点火した破壊筒をもって敵陣に突入爆破(強行破壊)し、自らも爆死した独立工兵第18大隊(久留米)の、江下武二、北川丞、作江伊之助各一等兵のことを指す。」のだという。そして、この事件は、当時愛国美談として称えられ、映画や歌になっていたことも知った。

 


私は、最初、長襦袢の柄にまで、戦争が影響を及ぼしていたことに驚いたが、今回この柄が”爆弾三勇士”であることを教えていただいたことで、この頃の日本が軍国熱の高まりと共に、大戦争にまっしぐらに突き進んでいく様子を知ることができ、このような世相と日本人の急進性に恐ろしいものを感じた。