"五輪の開会式はきものを着るべき?"

先日、ロンドンオリンピックの開会式の入場行進を見ていた時のこと。商売柄どうしても、各国選手団の衣装が気になった。

アフリカの選手たちが着ている民族衣装、デザインはもちろん、何とも色が美しい。恐らく日本のどこの洋服売り場にも、決して見つけることができないような色。例えば黄色系の色、普通の黄色ほど浅くなく、黄土色と言えるほど弱くなく、まあとにかく初めて見る色。そして、黒人は、我々黄色人種とは違い、どんな色でも本当によく似合うものだなあと感心をする。

一方白人は、目の覚めるような赤やグリーンがよく合い、自然に着こなしている。さらに、イタリア選手団を見た時、さすがイタリア、紺のブレザー、ストライプのネクタイ、そのままビジネス旅行でも行けそうな、おしゃれで品のよいコスチュームだ。

そして、アルハベットの”Aから始まった入場行進もいよいよ”J”になり、日本の選手団が入場してきた。私は、彼らの姿を見た時、一瞬、競技の審判団が入ってきたのかと思った。赤のブレザー、白のボトム。恐らく有名なデザイナーが今回のオリンピックのためにデザインしたものだろうが、もういい加減にこのパターンから抜け出してもいいのではなかろうか。

それより、なぜ、こんな時着物を着ないのだろうか。日本には、立派な民族衣装があるというのに。着物を作るには値段がかかりすぎるなら、レンタルでもいいじゃないかと思う。

今までに民族衣装で登場したアフリカの数々の選手団、どこか着物に雰囲気の似たブータン、フィジーの堂々とした出で立ち、彼らは自国の衣装に身を包み、誇らしげに行進していた。彼らと同じように、自国の伝統文化である着物を着て行進すれば、世界に日本をアピールする絶好のチャンスになれただろうに。

何もオリンピックに限ったことではないが、日本には、古来より優れた文化や慣習があるのに、そのような自国の伝統的な物を軽視する傾向があるように思える。

ところでオリンピックから離れるが、WBCの日本代表選手を”さむらいNIPPON”とよび、女子サーカーの日本代表選手を”なでしこJAPAN”と呼ぶ。しかし、今の日本に”侍”の精神を持つ人がどこにいるのだろうか。政治家、官僚、大企業のトップはもちろん、末端の人々まで、何かあれば、責任を取り腹を切るぐらいの武士道の精神を受け継ぐような気骨のある日本人を見たことがない。また、”大和なでしこ”と言えば、繊細で可憐な花だが心が強いという意味なのだろうが、もはや家庭や学校や社会で大和なでしこのような女性を育てることなど理想ともされていない。

そんな実情に反し、もはやほこりのかぶった”侍”だとか”なでしこ”だとかいうことばを今時分ひっぱり出してきて、チームの名前の頭に付けてみても、こっけいとしか言いようがない。
そんなことをつらつら考えると、普段着物を着たこともないのに、オリンピックの入場行進に日本人選手団に着物を着せるべきだといっても、どうも”さむらい----”と、”なでしこ----”の二の舞になってしまいそうだ。

ならば、これからもオリンピックの日本選手団のコスチュームは、ゲートボールの審判員のようなユニホームを毎回一流と言われるデザイナーにちょこっと手を加えて作るのが、今の日本をもっとも象徴しているのかもしれない。

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コメント: 1
  • #1

    Michell Digirolamo (木曜日, 02 2月 2017 04:51)


    You actually make it seem so easy with your presentation but I find this topic to be actually something which I think I would never understand. It seems too complicated and very broad for me. I'm looking forward for your next post, I will try to get the hang of it!