”もったいない”

名古屋帯で作ったバッグ
名古屋帯で作ったバッグ

日本人の頭から”もったいない”という意識が消えうせようとしている、ちょうどそんな時に、ケニアのワンガリ・マータイさんが「MOTTAINAIキャンペーン」を提唱した。これが、折からのエコブームとあいまって、世界中で”もったいない”という言葉が注目され始めると、この言葉の本家であるはずの日本ではにわかに”もったいない”論者が増えた。


 ところで、最近リフォームやリメイクで古い着物を仕立て直したり小物に再生したりの注文を承ることが増えてきた。たとえば、お母さんの振袖を娘さんやお孫さん用に仕立て直すとか、形見の着物を屏風やっバッグなどの小物に作り替えたりなど。このような傾向は、もともとそれが高価な着物だから、古くなったからと捨てるにはもったいないと言う単に経済的な理由だけのことなのだろうか。

 

もちろん絹は、他の繊維製品より貴重品と言える。例えば、1枚の絹織物の着物はというと、約2.5kgあり、これは、およそ

10、000頭の蚕から取った生糸3.3kgでできている。さらにその蚕を飼うには、2.6アールの桑園が必要で、10、000頭の繭の糸をひとつなぎにしてみると、12、000kmにもなり、これは東京大阪間の11往復の距離になると言われる。


しかし、いちいちそんなことを考えてのことではないけれど、私自身も、きものを取り扱う仕事をしていて、見本や仕立てた後の胴裏の
ハギレだとか、たとえ少しであってももったいなくて捨てられない。絹というのは、簡単に捨てるにはもったいない特別な感覚があるのは確かである。不思議なことにこれがどこから来ているのか分からないが、ひょっとすると、シルクロードの古代から日本人のDNAにすり込まれてしまっているのかも知れない。


このように”もったいない”という言葉の意味は、単に経済的側面だけの理由ではないような気がする。お客様の古い着物で汚れがひどい
場合、洗ってもなかなかシミが取れないことがある。そのような着物のシミ落としをし補正する場合、物によってはそれにかかる費用が、新しいものを買われても、あまり値段が変わらないこともある。そんなときは、お客様に一応ご説明するが、それでも、この着物はとても気に入っていたものだから少々費用がかかってもこれを補正してほしいと言われるケースが少なくない。


考えてみると、それはしごく当たり前のことなのかも知れない。たとえ古かろうと、一枚一枚の着物には、人それぞれの思い出とか
物語が一杯詰まっている。たとえば、一枚の着物を通して、おじいちゃんやおばあちゃんの、お父さんやお母さんの、子供たちの、楽しいこと、つらいこと、苦しいこと、人生の様々なシーン、様々な思い出がよみがえることだろう。古い着物を捨てることは思い出を捨てることに等しい。だから、人々は、大切な思い出を捨てることがもったいなくて、着物をリフォームするのだと思う。


このように、リフォームの仕事をさせていただくと、1枚の着物に潜んだ様々なお客様の想いに触れ温かい気持ちになるが、
”もったいない”という言葉は、その裏にまさしく愛が内包されている言葉なのだと思う。