薄味の時代

色見本
色見本

今、新商品の着物の色選びをしている。いくつかの色を候補に挙げたが、参考に十五年以上も前の同種の着物の色見本を出してきて、今の色と昔の色を見比べてみて驚いた


昔の色は、一見してこの色は紫、この色は青、この色はピンク、この色は... と答えられる色ばかりである。しかし、現在候補に挙げている色は、紫がかった青だとか、緑味のあるグレーだとか、藤色がかったピンクだとか、とにかく全ての色の名前に、頭に説明が必要な色ばかりで、単純に何色と答えられる色は一つも無い。

 

このように新しい着物のために選んだ色は、今の時代に最も受けいらられ易い色をと探した結果であるが、これを見ると、今の時代は、どうやらはっきりした色が好まれない時代だと言えるのかも知れない。


これは、何も色だけにに限ったことではなく、現代社会のあらゆる面で、はっきりしたものや”~らしさ”が好まれない傾向が出ているように思う。あくの強いもの、個性の強いものは嫌われ、みんな同じような中で、わずかに違いがあることがどうやら価値があるようだ。政治、経済、文化、あらゆる分野でその傾向は強まってきていると感じる。


例えば各政党間の違いも良く分からないし、車や電化製品のデザインにも個性が感じられない。テレビでも、最近男だか女だか分からない人がやたらと目立つようになってきた。食べるものでも、ケーキや和菓子を食べてさっぱりしていることやあまり甘くないことが、おいしいというほめ言葉になっている。


また、社会全体が濃密な人間関係を嫌い、クールといえば聞こえがいいが、お互い不干渉かつ無関心な社会がすっかり出来上がってしまった。人間関係も希薄になり、隣近所の人と助け合いながら仲良く付き合っていくことも少なくなり、家族関係も、利己的で、昔のように家族が全員で行動することも少なくなり、それぞれがバラバラといった感じがある。


このように、全ての分野において、あっさり、さっぱりの薄味が好まれる現代というのは、例えれば、ご馳走を食べた後の、お茶づけと同じではなかろうか。そう考えると、もはやメイン料理は昭和で終わりを告げ、平成の現代はお茶づけのように〆の時代にでも入っているのだろうか。


しかし、このまま終わるわけにも行かないので、もうそろそろ〆の時代にはきっぱり別れを告げ、今度は新しい料理のメインディッシュのしっかりした味を求めても良いのではなかろうか。来たるべき新しい時代には、是非人間味が濃い世の中になってほしいものだと思う。