世につれ変わる着物の色。

 

先日、集荷に来た運送屋さんの若い女性に、「着物に流行ってあるんですか?」と訊ねられた。私は時々訪れる顔馴染みの彼女が、今日に限っていきなり着物の質問をしてきたことが意外だったが、ひと呼吸して「色かなあ」と答えた。

 

そこでこちらから、「君は着物が好きなの?」と問い返すと、「好きなんですが、子供がまだ小さいので、着物を着たくても着れないんです。」と言う。確かにこうして昼間働き、家では小さい子供たちの世話に忙しい毎日では、着物を着たくても着れないというのはよく分かる。いつか好きな着物を楽しんで着られる日が早く訪れることを望みたい。

 

着物の色というと、ちょうどこの日の午前中、私は古い年代物の夏物の在庫品を処分すべく、品定めをしていた。その中に麻の名古屋帯で朱赤のものがあった。今ではとてもこのような鮮やかな色目の帯を締める人はないだろうが、昔はこんな色の帯が当たり前に締められていたんだなあと思うと、色の流行というか、時代によって好まれる色は確かに変わるものなんだなあ思っていた。

 

そんな日の夜またまた着物の色について思うことがあった。

 

あるテレビ局で、着物好きのドイツ人女性との対談番組があり、その中で、このドイツ人女性の好きな着物を紹介していたが、それらの着物の色はとてもカラフルなものだった。

 

その時司会者の女性が、このドイツ人女性は外国人でしっかりした顔立ちだからこそ、このような個性的で大胆な色・柄の着物が着こなせるのではないかと言った。

 

彼女が紹介したお気に入りの着物は、おそらく一度も袖に手を通されたことのないものらしいが、”古着”だという。ということは、日本人が着るためにかつて作られた着物のはず。私自身、何十年か前に当たり前によく見かけた色柄の着物だった。決して平坦な顔立ちの多い日本人の中にあって、一部の濃い顔立ちの日本人のために作られた特別な着物ではないのだ。

 

それではなぜ、この司会者が感じたように、このような色の着物は、外国の人なら着られるが、現代の日本人には着られないというのだろうか?

 

私はその原因を考えるに、”流行”だからと一言で済まされない気がする。その時代時代の日本人の言わば”元気度”と大いに関係があるように思えてならない。 

 

戦後、日本人の生活は貧しかったが、敗戦の中から立ち上がろうと人々は働きに働いた。やがて迎える高度経済成長の時代においても、エネルギーに溢れていた。元気だったからこそ、着るものの色や柄に負けることがなかった。

 

一方、現代の日本人は物質的には豊かになったが、精神的に相当疲れているのではないだろうか。例えば疲れている時に、大きな声でしゃべりかけられたりすると鬱陶しく感じるように、疲れている時に、力のある色、エネルギーのある色柄の衣服を着るのは余計に疲れる。だから、あまり主張しない色柄のものを着るようになったのではないだろうか。最近、この傾向は着るものだけにとどまらない気がする。クルマ、インテリア、家電はもちろん、webページまでも、白やグレー系統が圧倒的に多くなったと感じる。

 

もしも、そのようなことが原因としてあるのなら、そんな精神の疲れた”元気度”の下がった時代にあっても、外国人ではなく日本人で、あざやかで大胆な色柄の着物を着れる人、強くて元気な女性が出てきてくれることを望みたい。子育てに忙しい運送屋さんの彼女が、鮮やかな色の大胆な柄の着物を楽しんで着ている姿を見たいものだと思う。