着物を運び続けた車に別れ、愛車ロス。

つい先日23年乗り続けた車を手放した。それ以来、”愛車ロス”が続いている。

 

思えば、随分出張で全国を走り回った。

車は”セドリック・ワゴン”、走行距離は45万キロ。”ベンコラ”と呼ばれ、ベンチシートとコラムシフトのもので、レトロなスタイルはサーファーにも人気ががあるようで、見知らぬ若者が車を売ってもらえないかと突然訪ねてきたこともあった。

 

かつては、沢山の荷物を積んで遠くまで出かけることが当たり前だったので、大きなラゲッジスペースがあるのはとてもありがたかった。シートを倒すと、着物のボテ(着物が入る段ボール)32反入りのものが、満載で13ケースは積むことができた。

 

金額的にも高額な商品を積んでいるので、宿泊先の駐車場は、基本的に守衛さんのいるところか立体駐車場に駐車した。やむなく露天の駐車場にとめなければならないときは、車が気がかりで夜中何度も目覚めたもの。

 

このように長年大切な商品を運んできた車だけれど、ここ数年は遠くへ出張することも、荷物をたくさん積むことも激減したため、別のコンパクトカーで出かけることが増えた。そのため、もう何年も、月2回リサイクルごみのステーションへごみを運ぶだけの車になり下がってしまった。さらに、冬場に何か月も乗らず、バッテリーがあがってしまうこともあった。

 

ということで、あまり乗らない車を維持して行くのは、合理的でないのでとうとう手放すことにしたのだ。

 

車屋さんが我が愛車を運転し交差点を曲がり去る一瞬の映像が、まだ私の脳裏に焼き付いている。

 

ここだけの話しだけれど、娘を嫁にやった時以上に寂しい。もちろん他の父親と同じように、娘を嫁に出してしばらくは、娘の姓が替り他の人のものになったことを思うと、やりきれないむなしさと寂しさを覚えた。しかし、娘の場合には、大学生になると同時に親元を離れているし、何よりも生涯の伴侶を得たことは目でたいことだ。しかし、愛車と別れたことには、その寂しさを打ち消すだけの何のプラスの要素もないのだ。

 

いつの間にか、私もいい歳となった。車だけに限らず、断捨離ではないが、そろそろ今まで大切にしてきたものに別れる覚悟を持たねばならないということか。

 

 

 

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