美山の里,茅葺屋根の矢切に見る家紋

車で京都への出張途中、美山から京北あたりにさしかかると、道の両わきに矢切に家紋の換気孔のある家々が一斉に増え始める。これらの家々の家紋は、それぞれの家の存在を示しつつ、美山の美しい山里の景色にすっかり溶け込んでいる。最近の新築住宅で紋の換気孔がある家屋を見るこなどほとんど無くなったが、かやぶき屋根の家々が保存されているこの地域では、今なお実にたくさんの民家に残っている。

 

の種類も、壁の漆喰と一体化しているもの、木造の彫刻のもの、”水”のような文字のものなど、色々だ。家紋というと、着物を扱う自分にとっては身近なものであるため、大変興味深い。珍しい家紋を見つけると、一体どういう名前の紋なのだろうかと考えたり、同じ家紋の家屋が近くに固まって見られることがあると、親戚同士というかきっと同じ”巻き”なのだろうと推測するのも面白い。

 

ところで、最近では家という意識が薄れ、定紋の名前も知らない人たちも増えている。結婚式でも、形式的には両家の結婚式などというけれど、実際には新郎新婦二人で挙げる結婚式という感覚だ。

 

このように今の時代、”家”などという意識は古いと言われるかもしれないが、代々続く家を護り、その誇り・象徴として家紋を大切に受け継いでいくこともあってよいのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

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""柳ごうりの旦那衆"

鹿児島空港
鹿児島空港

先日、九州での仕事を終え、鹿児島発の飛行機で夕刻伊丹に着いた。

そしてすぐに、南ターミナルから京都行きの空港バスに乗り込み、

一番後方の窓側の席に座った。すると、私の右側にはひとつ席を置いて

中央の席にビジネスマン風の男性が座り、いきなり旅行バッグから団扇を

取り出し、パタパタと煽ぎはじめた。

 

この日は、まだ五月中旬とはいえ暑い日で、バスの中もまだ冷房が効いて

おらず、とても蒸し暑かった。間もなく北ターミナルにバスが着くと、バスの

運転手の事前のアナウンス通り、北ターミナルから大勢の乗客が乗り込んできて、

バスはほどなく補助席まで埋まってしまった。そして、私とビジネスマン風の男性の間には、着物姿の年の頃は80歳前後の老人が座った。

 

私は商売柄、その老人が着ている着物が気になり、それとなくその老人の着物を盗み見た。着物は錆鼠色で木目模様の柄が

おしゃれな“お召し”のようだった。そして、足元に置かれた大きなバッグはというと、今時珍しい柳ごうりのトランクだった。

私はこんな柳ごうりのトランクを持ち、着物姿で旅行をする男性を見たのは初めてだった。

 

間もなくその老人は、ひざの上に何やらハンカチらしいものを広げているようだった。しばらくしてその老人を横目で見ると、

いつの間にか先ほど広げていたハンカチを首に巻きつけ襦袢の半衿の下へ入れていた。半衿と首の間が汗ばむのを嫌ってだろうが

すぐにこんな所作が出来るのは、普段から着物をよほど着慣れている人に違いないと思った。 私は上着を脱いでいたがとても暑く

シャツの下は汗ばんでいた。そして先ほどのビジネスマンはというと、相変わらずパタパタ煽いでいる。

 

しかし、この老人も同じように暑いだろうが、見た目にそんなに暑さを感じさせないのは着物姿のせいなのだろう。 着物は当然

衿元が開いているし、裾も風通しは良い。前座席の背の取っ手に手を伸ばしているが着物の袖口から先は、腕が肘近くまで出ている。生地は絹だから通気性も優れているはず。洋服の我々に比べると、実際に幾分涼しいのではないだろうか。最近夏のスローガンとなった“クールビズ”、考えてみると着物はまさに昔からクールビズじやないかと思う。

  

それにしても、京都という町には、こんな粋な旦那衆がまだいるのには驚きだ。私の中で、この着物姿の老人を、旅行帰りの京都人と勝手に決め付けているが、、、

  

ところで、このような旦那衆を育む京都という町は何とも奥深い。先日食事をしていた店で、暖簾に“創業享保?年”と書かれていた

ので、永く続く秘訣について尋ねて見る。とすぐに、女将は、どんな時代でもお客様を大切にすることだと答えた。最近、名店とか老舗と言われている店でさえ、呆れた不祥事が続いた。このようにとかく世間では景気が良いといえば間口を広げ過ぎたり、儲け本位に走りがちである。確かにどんな時代にあっても、お客様を大事にすることが一番なのは正にその通りだと思う。

 

さらにこの女将は付け加えた。「うちはまだ大したことはありません。この辺りには600年以上続いているところがいくつもあります」と言う。さすが京都と言わざるを得ないが、私は、このお客様を大切にする心というのは、単にお客様本位というような薄っぺらな意味ではなく、どんな時代にあっても絶対に変えてはいけないコアの部分と、その周りの時代とともに柔軟に変わっていく革新的な有形無形の何か、その両方を意味しているのではないだろうかと思う。そうでなければ、とても激しい時代の波は乗り越えてはこれなかったはずだ。

  

それは一体何なのだろうか、、、

 

そんなことをつらつら考えていると、いつの間にかリムジンバスは、京都駅八条口に着いた。そして、ほとんどの乗客がここで降り、次の停留所に向けてバスが出ると、私は、先ほどの旦那衆が柳ごうりのトランクのキャリー引きながら、横断歩道を渡っていく姿を窓越から見送った。

 

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